第1章:高血圧の定義・分類と診断基準
日本における高血圧の基準値、および測定環境による分類は以下の通りである。今改訂でも、診察室血圧と家庭血圧の間に乖離がある場合は、家庭血圧による診断を優先する原則が維持されている。
1. 診察室血圧および家庭血圧の分類(mmHg)
| 分類 |
診察室収縮期 |
|
診察室拡張期 |
家庭収縮期 |
|
家庭拡張期 |
| 正常血圧 |
未満 120 |
かつ |
未満 80 |
未満 115 |
かつ |
未満 75 |
| 正常高値血圧 |
120~129 |
かつ |
未満 80 |
115~124 |
かつ |
未満 75 |
| 高値血圧 |
130~139 |
または |
80~89 |
125~134 |
または |
75~84 |
| Ⅰ度高血圧 |
140~159 |
または |
90~99 |
135~149 |
または |
85~94 |
| Ⅱ度高血圧 |
160~179 |
または |
100~109 |
150~159 |
または |
95~104 |
| Ⅲ度高血圧 |
180以上 |
または |
110以上 |
160以上 |
または |
105以上 |
| (孤立性収縮期高血圧) |
140以上 |
かつ |
未満 90 |
135以上 |
かつ |
未満 85 |
- 高血圧の診断閾値: 診察室血圧で 140/90 mmHg 以上、家庭血圧で 135/85 mmHg 以上 を高血圧と診断する。
- 血圧測定の原則: 家庭血圧は朝(起床後1時間以内、排尿後、朝食・服薬前、座位1?2分安静後)と晩(就寝前、座位1?2分安静後)の1日2回、それぞれ2回測定した平均値を記録する。
2. 白衣高血圧と仮面高血圧
- 白衣高血圧: 診察室血圧が高血圧(140/90 mmHg以上)で、家庭血圧が正常(<135/85 mmHg)。真性高血圧への移行リスクがあるため経過観察。
- 仮面高血圧: 診察室血圧が正常(<140/90 mmHg)で、家庭血圧が高血圧(135/85 mmHg以上)。心血管病リスクは真性高血圧と同等に高いため、厳格な薬物療法の対象となる。主要な亜型として「夜間高血圧」「早朝高血圧」「職場高血圧」がある。
第2章:血圧測定と臨床評価
高血圧の治療方針を決定するためには、単なる血圧値だけでなく、標的臓器障害や並存疾患、背景にあるリスク因子を包括的に評価する必要がある。
1. 検査・評価項目
- 基本検査: 尿検査(尿蛋白、尿潜血、尿微量アルブミン)、血液検査(クレアチニン、eGFR、電解質、空腹時血糖、HbA1c、脂質プロファイル)、心電図、胸部X線。
- 臓器障害の評価:
- 心臓: 心肥大(心電図・心エコー)、NT-proBNP/BNPの上昇。
- 腎臓: 蛋白尿、微量アルブミン尿、eGFRの低下(60 mL/min/1.73m2 未満)。
- 血管・脳: 頸動脈超音波(IMT・プラーク)、脈波伝播速度(baPWV)、頭部MRI(無症候性脳梗塞・微小出血)。
2. 心血管リスク層別化
患者の「血圧分類」と「他のリスク因子(喫煙、糖尿病、脂質異常症、慢性腎臓病、高齢、肥満など)」および「心血管病の既往」を組み合わせ、低リスク・中等度リスク・高リスクの3段階に層別化し、治療開始の緊急度を決定する。
第3章:生活習慣の修正(非薬物療法)
すべての高血圧患者、および正常高値血圧・高値血圧の者に対しても、まず基盤となるのは生活習慣の修正である。単一の修正よりも、複数の修正を組み合わせることで降圧効果が相乗的に高まる。
- 食塩制限: 6.0 g/日 未満 を強く推奨。重症CKD合併例等ではさらに厳格化を考慮。
- 食事パターンの改善: 野菜・果物の積極的摂取(カリウム摂取の促進。※ただし腎不全患者を除く)、飽和脂肪酸・コレステロールの摂取制限、魚類(EPA・DHA)の摂取。
- 適正体重の維持: BMI(体重 kg / (身長 m)2)で 25 未満。
- 運動療法: 有酸素運動(速歩、ジョギング、水泳など)を毎日30分以上、または週180分以上。定期的なレジスタンストレーニング(筋トレ)の併用も有用。
- 節酒: エタノール換算で男性は 20~25 mL/日 以下、女性は 10~15 mL/日 以下。
- 禁煙: 受動喫煙の防止を含めた完全な禁煙。
第4章:降圧目標
患者の年齢、背景疾患(並存疾患)によって目指すべき降圧目標値が異なる。本ガイドラインでは、忍容性(副作用なく治療を継続できること)がある限り、以下の目標値の達成を目指す。
降圧目標値一覧(mmHg)
| 対象患者 |
診察室血圧目標 |
家庭血圧目標 |
| 成人(75歳未満) |
未 満 130 / 80 |
未 満 125 / 75 |
| 高齢者(75歳以上) |
未 満 140 / 90 (忍容性あれば 130/80 未満) |
未 満 135 / 85 (忍容性あれば 125/75 未満) |
| 糖尿病合併患者 |
未 満 130 / 80 |
未 満 125 / 75 |
| 慢性腎臓病(CKD)蛋白尿(+) |
未 満 130 / 80 |
未 満 125 / 75 |
| 慢性腎臓病(CKD)蛋白尿(-) |
未 満 140 / 90 (忍容性あれば 130/80 未満) |
未 満 135 / 85 (忍容性あれば 125/75 未満) |
| 脳血管障害既往(慢性期) |
未 満 130 / 80 |
未 満 125 / 75 |
| 冠動脈疾患(CAD)既往 |
未 満 130 / 80 |
未 満 125 / 75 |
注意(JSH2025のポイント): 75歳以上の高齢者であっても、合併症や身体機能、認知機能が保たれており、降圧薬の副作用(起立性低血圧やふらつき)が出ない場合は、成人同様の 130/80 mmHg 未満(家庭血圧 125/75 mmHg 未満) を目指すことが推奨される。
第5章:薬物治療の基本原則と薬剤選択
生活習慣の修正で目標血圧に達しない場合、あるいは初診時から高リスク(Ⅱ度・Ⅲ度高血圧、あるいは心血管病既往あり)の場合は直ちに薬物療法を開始する。
1. 主要降圧薬(第一選択薬)
主要第一選択薬は以下の4系統である。患者の病態に合わせて選択する。
- ACE阻害薬(ACEI) / ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬): RA系(レニン・アンジオテンシン系)抑制薬。糖尿病、CKD(特に蛋白尿陽性)、心不全、心筋梗塞後の患者に最優先。
- カルシウム(Ca)拮抗薬: 降圧効果が確実で安全性が高く、高齢者や脳血管障害期の患者に広く用いられる。長作用型を推奨。
- 利尿薬(チアジド系・チアジド類似薬): 少量を他剤と併用することで強力な降圧効果を発揮。高齢者や食塩感受性高血圧に有効。
- β遮断薬: 頻脈、虚血性心疾患(心筋梗塞後)、心不全を合併している場合に第一選択となるが、非合併例での単純な高血圧への第一選択からは除外される傾向にある。
2. 治療アルゴリズムと多剤併用
- 単剤治療の開始: Ⅰ度高血圧かつ低?中等度リスクであれば単剤(通常は標準用量の半分など)から開始。
- 配合剤・多剤併用の早期導入: 1つの薬剤を最大量まで増量するよりも、機序の異なる薬剤を少量ずつ組み合わせる(例:Ca拮抗薬 + ARB、Ca拮抗薬 + 利尿薬 など)ほうが、副作用を抑えつつ効率的な降圧が得られる。初期からⅡ度以上の高血圧症には最初から2剤併用療法(または配合剤)の開始を考慮する。
- 3剤併用: RA系抑制薬 + Ca拮抗薬 + 利尿薬 の3剤が基本骨格となる。
第6章:並存疾患をもつ高血圧の管理
特定の疾患を合併している高血圧患者では、臓器保護効果を最大化するための厳格な薬剤選択が求められる。
1. 脳血管障害
- 急性期脳梗塞: 急激な降圧は脳血流を低下させるため、超急性期(血栓溶解療法を実施しない場合)は原則として 220/120 mmHg を超えるまで降圧を行わない。
- 慢性期: 再発予防のため、徐々に 130/80 mmHg 未満 を目標に降圧する。第一選択はCa拮抗薬、ARB/ACEI、利尿薬。
2. 冠動脈疾患(心筋梗塞・狭心症)
- 目標: 130/80 mmHg 未満。
- 薬剤: 心筋保護・心リモデル抑制の観点から、β遮断薬 および ACEI/ARB を必須とする。Ca拮抗薬(長作用型)も狭心症症状の緩和を兼ねて好適。
3. 心不全
- HFrEF(収縮機能不全): 基本薬として ARNI(アンジオテンシン受容体ネプリライシン阻害薬)/ARB/ACEI、β遮断薬、MRA(ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬)、SGLT2阻害薬(いわゆるFantastic Four)を適切に使用し、血圧をコントロールする。
- HFpEF(拡張機能不全): 体液管理(利尿薬)とSGLT2阻害薬、MRA、RA系抑制薬を中心に据える。
4. 慢性腎臓病(CKD)
- 蛋白尿陽性(尿蛋白 0.15 g/gCr以上 または A1区分以上): 腎保護効果(尿蛋白減少効果)が立証されている ARBまたはACEI を第一選択とし、目標は 130/80 mmHg 未満。
- 蛋白尿陰性: 第一選択はCa拮抗薬、ARB/ACEI、利尿薬。目標は 140/90 mmHg 未満(忍容性あれば130/80 mmHg未満)。
5. 糖尿病・メタボリックシンドローム
- 目標: 臓器障害(特に糖尿病性腎症・心血管イベント)抑制のため、130/80 mmHg 未満。
- 薬剤: インスリン感受性を悪化させず、腎保護効果のある ARB/ACEI を第一選択とする。SGLT2阻害薬の併用も積極的に考慮。
第7章:高齢者および女性の高血圧
1. 高齢者高血圧の特徴と注意点
- 特徴: 孤立性収縮期高血圧(収縮期だけが高く拡張期が低い)が多く、血圧日内変動や季節変動が激しい。また、起立性低血圧、食事性低血圧を起こしやすい。
- 治療方針: 75歳以上の後期高齢者でも原則として降圧治療を行うが、フレイル(虚弱)、認知症、多剤併用(ポリファーマシー)の状況を慎重にアセスメントする。
- 注意: 降圧薬開始後・増量後は、必ず座位だけでなく「起立時血圧」を測定し、めまいやふらつきによる転倒リスクを防ぐ。
2. 女性の高血圧・妊娠高血圧
- 更年期・老年期女性: 閉経後はエストロゲンの低下に伴い急激に高血圧有病率が上昇する。塩分感受性が高まるため、食塩制限が特に重要。
- 妊娠高血圧症候群(HDP):
- 妊娠時の高血圧基準も 140/90 mmHg 以上。
- 禁忌薬:ARB、ACEI、ARNI、MRA、ダイレクトレニン阻害薬は胎児への催奇形性・毒性があるため妊婦には絶対禁忌。
- 使用可能薬: メチルドパ、ヒドララジン、ニフェジピン(経口・徐放剤)、ラベタロール。
第8章:特殊な高血圧および治療抵抗性高血圧
1. 治療抵抗性高血圧(難治性高血圧)
- 定義: 利尿薬を含む互いに機序の異なる3剤を最大用量まで用いても、目標血圧(140/90 or 130/80 mmHg)未満に下がらない病態。
- アプローチ:
- 偽性治療抵抗性の除外: 服薬アドヒアランス(指示通り飲んでいるか)、白衣現象の有無を確認。
- 塩分過剰摂取のチェック: 24時間蓄尿やスポット尿での推定食塩摂取量の確認。
- 薬剤の追加: MRA(スピロノラクトン、エプレレノン、エサキセレノン) の追加が極めて有効。
2. 二次性高血圧
全高血圧患者の約10%に存在するとされる。原因を治療することで高血圧が完治、または著明に改善する可能性があるため、若年発症や急激な増悪、低カリウム血症を伴う場合は必ず鑑別する。
- 原発性アルドステロン症(PA): 二次性高血圧で最多。スクリーニングには「血漿アルドステロン濃度(PAC)/血漿レニン活性(PRA)比(ARR)」を用い、ARR > 200 で陽性と判定(※測定法が最新のCLEIA法の場合は基準値の読み替えに注意)。
- 睡眠時無呼吸症候群(SAS): 夜間・早朝高血圧の原因。CPAP治療等で降圧が得られる。
- 腎血管性高血圧: 腎動脈狭窄による。高齢者の動脈硬化性、若年女性の線維筋形成不全。
- その他: クッシング症候群、褐色細胞腫・パラガングリオーマ、慢性腎実質性高血圧、薬剤誘発性高血圧(NSAIDs、ステロイド、漢方薬の甘草など)。
第9章:高血圧管理における医療連携と包括的アプローチ
高血圧治療の最終目標は、脳卒中や心筋梗塞、腎不全といった「心血管病イベントの抑制と健康寿命の延伸」である。医師による薬物処方だけでなく、以下の包括的管理が推奨されている。
- 患者教育・自己管理: 家庭血圧計の普及と、患者自身による血圧手帳やデジタルアプリを用いた記録・管理の徹底。
- 多職種連携(チーム医療): 医師、看護師(生活指導)、薬剤師(服薬指導・副作用チェック)、管理栄養士(減塩指導)が連携し、継続的なアドヒアランス向上を図る。
- 地域連携: 健診(特定健診など)による未治療高血圧者の早期発見から、かかりつけ医によるガイドラインに準拠した標準的治療へのスムーズな移行体制の構築。