『糖尿病診療ガイドライン2024』 詳細要約と解説

日本糖尿病学会編集のガイドライン全14章のエッセンスを、臨床的背景や改訂ポイントを交えて解説

第1章:糖尿病の診断、病型分類
詳細要約

糖尿病の診断は、別々の機会に測定した「①血糖値(空腹時126mg/dL以上、75gOGTT2時間値200mg/dL以上、随時200mg/dL以上のいずれか)」と「②HbA1c 6.5%以上」の双方を確認して確定する。初回検査で①と②が同時に満たされた場合もその時点で診断可能である。病型は、膵β細胞の破壊による「1型」、遺伝と生活習慣が絡む「2型」、遺伝子異常や他疾患(肝・膵疾患など)に伴う「特定の機序・疾患によるもの」、「妊娠糖尿病」の4つに分類される。

解説

診断において最も重要なのは、一時的な高血糖(ストレスや直前の過食)と慢性的な高血糖を区別することです。そのため、急性代謝失調などの例外を除き、原則として「2回以上の確認」を求めます。また、病型分類は治療薬の選択に直結するため極めて重要です。例えば、1型糖尿病に経口薬だけで対応することは不可能であり、初手で病態(インスリンが分泌されているか、効きが悪いのか)を見極めることが求められます。

第2章:治療目標
詳細要約

合併症予防のための成人の基本的な血糖コントロール目標は HbA1c 7.0%未満 である。血糖正常化を目指す (薬物療法の副作用がない)場合は6.0%未満、低血糖のリスクが高い、または高齢で治療強化が困難な場合は8.0%未満を目標とする。 これらの目標値は、患者の年齢、罹病期間、臓器障害の程度、低血糖のリスク、社会的背景などを考慮して個別化される。

解説

一律の目標を押し付けるのではなく「個別化」することが近年の世界的潮流です。一時期は「下げれば下げるほど良い」とされた時代もありましたが、 厳格すぎる管理は重症低血糖を引き起こし、かえって心血管死亡率を高めることが判明しました。 そのため、認知機能やサポート体制に応じた柔軟な目標設定がガイドラインでも強く推奨されています。

第3章:食事療法
詳細要約

総エネルギー摂取量は、従来の画一的な数式ではなく、目標体重(「[身長(m)]^2×22~25」)に身体活動量(25~35以上の係数)や病態、年齢を勘案して個別に設定する。 栄養素のバランスは炭水化物50~60%、タンパク質15~20%(腎機能正常時)、脂質25%以下を基本とするが、 個人の食習慣に応じて柔軟に変更してよい。食物繊維は1日20g以上の摂取を推奨する。

解説

本改訂でも「総エネルギーの個別化」と「柔軟な栄養比率」の重要性が強調されています。一昔前のように「全員一律で体重に25をかける」 といった指導は過去のものです。また、炭水化物を極端に減らす「糖質制限」については、 短期間の体重減少効果は認めつつも、長期間の安全性や動脈硬化リスクへの懸念から、 ガイドラインとしては推奨していません。

第4章:運動療法
詳細要約

運動療法はインスリン抵抗性を改善し、骨格筋への糖取り込みを促す。有酸素運動(ウォーキング、水泳など)を週に3回以上(計150分以上)、およびレジスタンス運動(筋トレ)を週に2?3回組み合わせることが推奨される。ただし、空腹時血糖250mg/dL以上の顕著な高血糖、進行した網膜症、高度の腎障害、心血管疾患の急性期などがある場合は原則禁忌であり、事前にメディカルチェックを行う。

解説

運動のメリットは、運動中だけでなく運動後も数十時間にわたってインスリンの効きが良い状態(インスリン感受性の亢進)が続く点にあります。近年は座位時間を減らすことや、筋肉量を維持してロコモティブシンドローム(運動器症候群)を防ぐ目的から、レジスタンス運動(筋トレ)の重要性がより高く評価されるようになっています。

第5章:薬物療法(経口薬・注射薬)
詳細要約

2型糖尿病の薬物療法は、インスリン分泌不全とインスリン抵抗性のどちらが主体か、肥満の有無、合併症を評価して薬剤を選択する。基本薬としてのビグアナイド薬をはじめ、DPP-4阻害薬、SGLT2阻害薬、GLP-1受容体作動薬、GIP/GLP-1受容体作動薬などが用いられる。1型糖尿病や、2型でも著明な高血糖・高インスリン血症・妊娠時などはインスリン治療の絶対適応となる。

解説

近年の薬物療法は「ただ血糖を下げる」ステージから、「合併症を防ぐ特性で選ぶ」ステージへと進化しています。特にSGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬、そして新しいGIP/GLP-1受容体作動薬(チルゼパチドなど)は、強力な血糖降下・体重減少効果だけでなく、心不全の抑制や腎保護効果が明確に示されており、これらの合併症リスクがある患者への優先的な使用がスタンダードとなっています。

第6章:糖尿病網膜症
詳細要約

糖尿病網膜症は成人失明の主要な原因である。無症状の段階から進行するため、糖尿病と診断された時点、およびその後も良好な管理下であっても年1回以上は眼科医による定期的な眼底検査を行う。治療は厳格な血糖・血圧管理が基本であり、進行した場合はタイミングを逃さずにレーザー光凝固術や硝子体手術、VEGF阻害薬の硝子体内注射を行う。

解説

網膜症の恐ろしさは、「視力が落ちた」と自覚したときにはすでに手遅れ(増殖網膜症)に近い段階まで進行している点にあります。また、急激に血糖値を下げすぎると、一時的に網膜症が悪化する「治療後網膜症」という現象が起きるため、眼科との緊密な連携のもとで緩やかに、かつ確実に血糖をコントロールしていく必要があります。

第7章:糖尿病腎症
詳細要約

尿中アルブミン排泄量(または尿タンパク)とeGFR(推算糸球体濾過量)の組み合わせにより、第1期(正常尿アルブミン)から第5期(透析療法期)の5段階に病期分類する。早期からの厳格な血糖管理(HbA1c 7.0%未満)と血圧管理(130/80mmHg未満)が必須. 降圧薬にはRA系阻害薬(ACE阻害薬またはARB)を優先し、さらに腎保護効果が立証されているSGLT2阻害薬を積極的に併用する。

解説

現在、日本の人工透析導入原因の第1位は糖尿病腎症です。これを防ぐための最大のポイントは「微量アルブミン尿(第2期)」の段階で発見し、介入することです。この段階であれば、適切な血圧管理(特に腎臓の血管を広げるACE阻害薬やARBの使用)や、近年腎保護薬としての地位を確立したSGLT2阻害薬の投与によって、腎症の進行を食い止め、あるいは正常な状態へ引き戻す(寛解)ことが十分に可能です。

第8章:糖尿病神経障害
詳細要約

三大合併症の中で最も早期に発現しやすい。両側対称性の足のしびれ、痛み、冷感、アキレス腱反射の低下、振動覚低下を指標に診断する。また、起立性低血圧や胃排泄遅延、便通異常(下痢・便秘)などの自律神経障害にも留意する。発症予防と進展阻止には良好な血糖管理が基本であり、痛みに対してはデュロキセチンやプレガバリンなどの神経障害性疼痛治療薬を用いる。

解説

神経障害は、高血糖によって神経細胞に特有の代謝物質(ソルビトールなど)が蓄積することや、神経を養う微小血管の血流が途絶えることで起こります。しびれや痛みの苦痛だけでなく、進行すると逆に「痛みを感じなくなる(無痛化)」という非常に危険な状態に陥ります。これが次の第9章で解説する足病変の最大の引き金となります。

第9章:合併症(糖尿病足病変・その他)
詳細要約

神経障害による無痛化と末梢血流障害(PAD)が重なると、足の小さな傷から潰瘍や壊疽(組織が腐ること)へ進行し、最悪の場合は切断に至る。これらを防ぐため、患者自身による日常的な足の観察、適切な爪切り、靴の選定などの教育(フットケア)を徹底する。また、糖尿病は歯周病を悪化させ、歯周病もまた糖尿病を悪化させるため、歯科との連携を強化する。骨粗鬆症や一部のがん(肝・膵・大腸など)のリスク上昇にも留意する。

解説

足病変は、患者のQOL(生活の質)や予後を劇的に悪化させる合併症です。靴擦れや深爪、火傷(コタツや湯たんぽによるもの)といった些細な原因から始まります。医療者が定期的に足を診察するだけでなく、患者自身が「毎日足を洗うときに観察する」というセルフケアを習慣化させることが、足を切断から守る唯一の確実な方法です。

第10章:動脈硬化性疾患(冠動脈疾患、脳血管障害、末梢動脈疾患)
詳細要約

糖尿病患者は非糖尿病患者に比べて心筋梗塞や脳卒中などの動脈硬化性疾患の発症リスクが2~3倍高い。 そのため、血糖管理だけでなく、血圧(目標130/80mmHg未満)、脂質(LDLコレステロール:既往があれば70mg/dL未満、なければ120mg/dL未満)、 肥満、禁煙を包括的に管理する。薬剤選択においては、心血管イベントの抑制効果が証明されている SGLT2阻害薬やGLP-1受容体作動薬の積極的導入を考慮する。

解説

糖尿病は「血管の病気」と言われる所以がこの章にあります。大血管障害(心筋梗塞や脳梗塞)は、 糖尿病の初期段階、あるいは「境界型(予備軍)」の段階からすでに進行が始まっています。 高血糖だけを一生懸命下げても、高血圧や脂質異常症(コレステロール)、 喫煙放置があれば血管は守れません。すべてのリスク因子を同時に叩く「包括的管理」が叫ばれるのはこのためです。

第11章:高齢者糖尿病
詳細要約

高齢者糖尿病では、認知機能障害、ADL低下、サルコペニア(筋肉量減少)、多剤併用(ポリファーマシー)が問題となる。 特に重症低血糖は認知症のリスクを跳ね上げるため、安全性を最優先した治療を行う。 患者の健康状態や認知機能に応じてカテゴリーI(健康)~III(重度低下)に分類し、 低血糖のリスクがある薬剤(インスリンやSU薬)を使用している場合は、HbA1cの目標「下限値」を設定し、過剰な治療強化を避ける。

解説

高齢者における最大のリスクは「低血糖」です。高齢者は低血糖の自覚症状(冷や汗や動悸など)が出にくく、 気づいたときには意識障害を起こす「無自覚性低血糖」に陥りやすい特性があります。 そのため、ガイドラインでは「HbA1cは○%未満」という一方向の目標ではなく、 「7.0%~8.0%の間を維持する(7.0%未満に下げすぎない)」といった、 あえて緩く管理するための下限値付きの目標が設定されています。

第12章:小児・思春期の糖尿病
詳細要約

小児期の糖尿病の多くは1型糖尿病であり、治療の基本は頻回インスリン注射(MDI)や持続インスリン注入ポンプ(CSII/SAP)を用いた積極的インスリン療法である。 学校生活や成長発達を阻害しないよう配慮し、心理的サポートを行う。近年増加している小児2型糖尿病に対しては、 肥満の解消を目的とした生活習慣の改善を基本とし、薬物療法が必要な場合はメトホルミンやインスリンを使用する。

解説

小児・思春期は、身体の成長だけでなく心理的な葛藤(周囲の目、自己管理への負担、反抗期など)が治療に大きく影響します。1型糖尿病の子供たちが学校で不当な扱いを受けないような周囲への啓発や、過度な制限によって子供らしい生活が奪われないような療養指導が求められます。医療、学校、家庭が一体となった長期的なチーム医療が不可欠です。

第13章:妊娠糖尿病(GDM)と妊娠
詳細要約

妊娠中に初めて発見または発症した、糖尿病には至らない糖代謝異常を「妊娠糖尿病(GDM)」と定義する。 75gOGTTにおいて、空腹時92mg/dL以上、1時間値180mg/dL以上、2時間値153mg/dL以上のいずれか1点でも満たせば診断される。 管理目標は非常に厳格で、空腹時95mg/dL未満、食後2時間値120mg/dL未満を目指す。治療は食事療法が基本であり、 不十分な場合の薬物療法は、胎盤を通過しないインスリンのみを使用する。

解説

母体の高血糖は、胎児の巨大児化、奇形、流産、あるいは出生後の新生児低血糖など、 多くの周産期リスクを引き起こします。そのため、一般の糖尿病よりもはるかに厳しい血糖コントロールが求められます。 また、一般の経口血糖降下薬は胎盤を通過して胎児に影響を及ぼす可能性があるため、 原則として使用できません。安全性が確立されているインスリンだけが治療薬として許容されます。

第14章:糖尿病における急性代謝失調・シックデイ
詳細要約

著しいインスリン不足で起こる「糖尿病ケトアシドーシス(DKA:主に1型)」や、 高度の高血糖と脱水による「高浸透圧高血糖状態(HHS:主に高齢の2型)」は、 意識障害を伴い命に関わる緊急事態であり、速やかな輸液とインスリン静注治療が必要となる。 また、発熱や下痢などの体調不良時(シックデイ)には、脱水を防ぐための水分摂取を徹底し、 インスリンは原則減量して継続する。ただし、食事不摂取時のSGLT2阻害薬やメトホルミンなどは副作用回避のため休薬する。

解説

シックデイ(体調の悪い日)には、身体に強いストレスがかかり、血糖値を上げるホルモンが大量に分泌されるため 、食事が摂れていなくても血糖値が跳ね上がることがあります。 「食べていないから」とインスリンを完全に自己中断してしまうと、 一気にケトアシドーシス(昏睡状態)へ進行する危険があります。どの薬を飲み続け、 どの薬(脱水リスクを高めるSGLT2阻害薬や、乳酸アシドーシスを招くメトホルミンなど)を休薬すべきか、 患者にあらかじめ指導しておく「シックデイルール」の共有が極めて重要です。

【2024年改訂サマリー】
単なる血糖値の正常化だけでなく、心不全・CKD・肥満といった患者背景に基づき、生命予後・臓器保護を最大化する薬剤(SGLT2阻害薬、GLP-1/GIP関連薬)を早期から戦略的に選択することが標準化されました。

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