祈りの仏師
観音菩薩 不動明王
小川半次郎の生涯 (春秋社 著者 大岸左吉)より
著者の「あとがき」に私は建築材料学を専門とする工学の一研究者ですが、・・・(略)このたび機縁あって、本書の小川半次郎氏の思想と生涯を記すことになったが、氏の行跡を知ったのはほんの数ヶ月まえのことです。(略)昭和の代にこのような清い人がいたことは、人に知られてよいことだと思います。(略)半次郎師は祈りの仏師だと思います。優美華麗な仏像、緊迫力量感ある仏像ー(略)だが最も祟高なのは礼拝者の心にやすらぎと喜びを与える仏像ではなかろうか。(略)半次郎氏の遺筆「信仰はすなわち愚を守るなり、少しにも世に出んとするは陥穽(かんせい)(おとし穴)に陥ち入るなり」(略)
生い立ち
明治十七年千葉県香取郡府馬村府馬(現山田町)出生。
若年より典籍を好み木彫刻に興味を覚える。
十八歳の頃漢学勉強のため上京。
「善信」戒号を受ける。
二十三歳頃彫刻で身をたてる事を決意。
目白僧園の十善会に参会し菩薩戒を受戒。
真言律宗の教義に随い信仰心篤い生活に入る。
日本各地の名刹・霊地を巡拝、修行を重ねる。
彫刻と密教修行と生活はともに三位一体のものとなる。
妻女の係累なく端正にして清貧。
人目には雲水か奇人としてうつる。
一処不在の生涯。
千葉県滝郷村、鎌倉市、和歌山市、那智山、東京、長野県読書村(現・南木曾町)
香川県志度町などで仏像彫刻に精進。
昭和五年九月二日香川県志度町日内山(奥之院)にて満四十五歳の生涯を閉じる。