145 ----------------------------------------------------------------------------- この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体名とも関係ない ----------------------------------------------------------------------------- 「消費者から生産者へ」 東京駅でのSuicaカード販売 夕方、東京駅開業100周年記念のICカード乗車券「Suica(スイカ)」発売 に関するニュースが流れていた。結構な数の人が集まったようで大混乱している様子 が報道されていた。途中で販売中止になたようで中には大声をあげてどなっている人 もいたようである。 Suica購入者が多すぎて駅そのものの機能に問題が出そうになったのか。 東京都内のJR駅で販売していればよかったのにとも思えるが後の祭りである。 やはり東京駅、東京はブランドになるのかなと感じた。 これがうどん県のSuicaだったらこんなに人は集まらないと思う。 早朝から並んでいた人もいるようで消費者のパワーには恐れ入る。 こう言っては気の毒だが傍目からみているとなんだか滑稽な風景に見える。 この風景を見て、昔「たまごっち」を買うために並んでいたことを思い出す。 今の世の中「限定」「プレミアム」「レア物」などというキーワードで売り込もうと しているがこれは商売では邪道にもみえる。転売屋が横行する元ではないかと思う。 安定供給されていれば限定品を求めて混乱や転売ということは無くなる、これが 本来の流通の姿である。本当に欲しい人が手にすることのできない物は商品と言え るのか。この手のことが繰り返されると購買意欲が無くなってしまうのではないか と思う、また地方在住者は「どうせ手に入れることができないとい」う風に考えて しまう。 今の時代消費することばかり考えている、ものを作る現場を知らない人が多い。 増えたのは出来あいのものを売っている店ばかりである。 身の回りに物を作っている場所がどんどん無くなってきている。小さい工場や商店 農家も減ってきている、農家ではイネの乾燥、脱穀などを行っていてそのプロセスを 良く眺めていた。肉屋や魚屋もどんどん無くなってきている。魚やでは店の人が魚を さばいている様子を眺めることができた。小さい頃はその技が不思議でならなかった。 原料から製品に変わるプロセスを見ることが無くなった今はひたすら消費することば かりである。手を動かして何か作ることの面白さを見出すことが難しくなってきている。 今の時代は身の回りに手本が無くなったので物作りと言われても何の事だかわからない と感じる人も増えてきている。社会構造の変化と言ってしまえばそれまでである。 流行のビジネス書では消費のやり方をいろいろ考えることに重きが置かれているので いまひとつピンとこない。生産者がないがしろにされている感がある。 ソフトウェアもそうである。無料ソフトのユーザが各種SNSやインターネットで横暴 な発言している姿はちょっと妙に感じる。修正や機能追加が当然なことのような言い方 をする人が多くなんだかなぁと思う。 作る人と使う人の関係が妙なことになってきているようである。 考え方を変えて消費する側から生産する側に回ってみてはどうだろうか。 ソフトウェアの自給自足は他の産業に比べてそれほど難しいことはない。 ただニーズに合うものを作るスキルが無いことが多いのも事実である。 何でもよいから自分の手で作ってみるというのは無駄なことではないと思う。