142 気がつかなかったが このシリーズはもう1年以上経っている やはり気の向くまま、なんとなくてきとうに書くことが長続きする秘訣かもしれない。 ----------------------------------------------------------------------------- この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体名とも関係ない ----------------------------------------------------------------------------- 「立ち止まって考える」 エネルギー問題があれこれ言われている。最近は少し下火になったようである。 家庭内でのエネルギー源について考えてみた。 光熱費と呼ばれるものを調べると電気・ガス・灯油くらいである。 エネルギー問題が電気エネルギーを重点に語られている。 シェールガスなどの話題ががいろいろ言われているようであるがこれは結局発電用 の原料のことではないかと思う。 古い話になるが昭和30〜40年代はもっと多様なエネルギー源があった。 そのほとんどが熱源で薪や練炭や炭や火鉢、七輪、太陽で湯を沸かす物もあった。 寒い冬を乗り切るには暖を取ることが大切であった。 この時代は今より密閉性の低い家屋が多く屋内で炭や練炭を使ってもあまり問題 にならなかった。 たいていは風呂を薪で沸かし残った炭を七輪に入れ魚を焼いたり煮物に使ったり していた。七輪火鉢のようなものもあった。いまではカセットコンロがあるが かつては七輪である。電子レンジやオーブンも無かったのどかの時代である。 石油ストーブはいまでも存在する。 燃焼という形の化学エネルギーは強大なエネルギー密度を持っている。 例は悪いが宇宙に飛んでいけるくらいのエネルギーがある。 宇宙空間にでてしまえば別のエネルギーでも有効なようである。 風呂に関しては屋根に太陽光を使って湯を沸かす道具があった、これは侮れない 性能があり夏場は60度くらいの湯が作れる。いつもこの湯をためて冬に使えるよ うにならないかと考えていたものである。雪国では雪を貯めて夏使うという知恵 があるようで、夏の暑さを冬に使えるような仕組みはなかなか無いようである。 この頃の電気エネルギーは照明と冷蔵庫、洗濯機、TVラジオくらいであった。 現代ではかなりの部分を電気に置き換えてしまっているので家庭の電気使用量 が非常に増えている。たしかに便利で家の中は奇麗である。 しかし電線数本に頼っているのはなんだか心もとないと感じてしまう。 このことが杞憂になればよいがそうでもないようである。雪深い山奥の過疎地域 の場合はそうである、代替え手段がないと救助の手も届きにくい。 生活に必要なエネルギーは何かを考えてみるとわかるが全てが電気でなければなら ないことはないと思う。 自前で熱や電気を作る方法はないものか、考えてみると全く無いわけではない。 最近の家庭にありそうで最も大きなエネルギー源は自動車ではないかと思う。 考え方によっては百馬力に近い出力を出せるエネルギー発生機である。 しかもハイブリッドカーのように大容量電池を持ったものもある。 ACコンセント付きの車もあるようで興味深い。最近はLPガスを使ったポータブル 発電機もあるようで、地域の防災訓練の時学校で見かけた。 燃料電池車やハイブリッドカーの技術はMini発電機になりそうな技術でもある 今は走ることに集中して設計されているが今後は別の用途に使われそうである。 太陽光は電気以外にも変換できるが蓄積するのが難しいのであまり活用されてい ない。植物の光合成くらい。 今の世の中選択と集中という名のもとに何でも単一化統合化しようとしているように感じる。 エネルギーも電気1色になってきていて少々不安になることがある。