117 117=3^2*13 ただいまから XX時・YY分・ZZ秒・を・お知らせします :-) ------------------------------------------------------------------ この物語はフィクションであり、実在する団体、人物とは関係ない ------------------------------------------------------------------ 「力」 女子力、発信力、自己発信力、議員力、消費者力、情報発信力 など新しい力が次々に登場している。誰がこんな力を作っているのか あげくのはてに 「大学の世界展開力強化事業:文部科学省」 なんという力までできている、世界展開力とはなにか 「力」というからには方向や大きさがある、そもそも単位は何か? などと「湯川先生」の様なことを考えてしまう。 上に挙げた「力:は全て「能力」に置き換えれば何となく理解できる。 何でも省略するのは日本人の悪い癖である。 学力という言葉も良く聞く、辞書によると知的能力のことらしい やはりここでも能力という意味で使われている。 学力に関係あるのが学生及び教科書である 学校の教科書を見て見ると 社会や歴史を学んでいる学生はたいへんだと思う。学生の本音は 「覚えることが毎年増えるので不公平」とのこと。 研究により過去の事柄も変わってきているので教える親もたいへんで ある。地理も国の名前が変わったり、分割したり併合したりして 「なんだかよくわからない」状況になってきている。 科学の分野においては過去の法則が変わることは少ない 新しいこともあるが歴史ほど多くない。 グリセリンの名前がモノグリセリドに変わったり冥王星が惑星でなく なったことくらいである。かなり前に気圧の単位がmbからhpaに変わ ったとくきが少し違和感があったがいまではそうでもない。 モノの呼び名は人が決めたことなのでしかたない。 数学に関してはあまり変わっていない。 数学の未解決問題は教科書には出てこないのでしばらくは考えなくて 良い。扱っている項目はそうかわらない、ゆとり世代の教科書から比 べると内容が増えてきているが昔に戻った感じである。 国語は ディベート物や語彙が増えるので学生はたいへん。 昔の教科書には、謎とも言える難しい文章があったが、今の教科書 はなじみのある作者が書いた随筆や解説文が多く読みやすいと感じ ている。なぜか池上彰は定番のようである。 文章は優しいが書いている内容は若干専門的で高度かもしれない。 かつての国語の教科書は文学作品が多く、複雑な文章で日本語とし て解釈すること自体が難しく内容を理解するまで至っていない。 長い文章をでどこで切ればよいか分からず苦労したものである。 書いていること自体は人の心の中の動きであったり他愛もないのも である。昭和初期の国語の教科書を見せてもらったことがあるが意外 に科学的な内容の文章が多く驚いたことがある。 社会に出てから趣味以外で文学作品のような文書に接することは希で、 たいていは説明書やニュース記事、技術書などなどごく日常的な文章 である。驚いたことにステレオタイプという言葉が教科書に載っている。 詩や古典は相変わらずの内容になっている。やはり詩は一番難しい。 全体的にはレポート作成マニュアルのようになってきていて実用性を 重きにおいていると感じる。 これはそう悪いことではないと思うが学生の本音はどうであろうか。 国語の専門家の本音はどうであろうか。おそらく真逆の意見になると考 えられる。国語の専門家は難しいことは未知の事柄を理解するためにも 難解な文章は必要と考えているが。学ぶ側は将来使わないのでそんなの いらない。と考えているようである。 大学の教科書は決まった物が無く教授の意向で決まってくる。 たいていは教授の書いた本が教科書に指定されていることが多い 大学での人文系学者の著書には引用のテクニックを重視しているせいか 引用の多さに驚く。オリジナリティは?どこがオリジナルなのか見つけ にくいという印象を持つ本もある。 技術や家庭科 基本は変わらない、こちらは内容に新旧入れ替えがあるので年々内容が 増えることはない。技術の実習に関しては優しくなっていて教材がプラ モデル感覚でつくられている。木工も1枚板から切り出すのではなく プレカットした材料を組み立てるだけのようである。 電気関係の教材もラジオなどは基本部分はほぼできていて各所を線で つなぐだけのものが多い。一部ハンダ付けする部分もあるが表示用の LED部分のみである。失敗して動作に問題がない部分である。 ちょっとつまらない感じである。 今ではトランジスタなどの部品が手に入らないのでどうしようもない のであろう。一から物を作るという訓練や学習はもうできなくなって いるのかもしれない。日本の産業の荒廃はこんなところから始まっている のか、荒廃の結果がこの技術の授業・教材になっているのか。 かつてのラジオ少年がウォークマンなどのヒット商品を作ったていた 時代とは違い、今の少年は何を作り出すのか。