110 2*5*11 ------------------------------------------------------------------ この物語はフィクションであり、実在する団体、人物とは関係ない ------------------------------------------------------------------ 「新旧」 110という数字 普通の人は思いつかないある物に関係している。 110型プラグは電電公社や公共放送局で使われていた。日本独自の仕様 なのか全世界共通なのかはわからない、しかし業界標準仕様である。 記憶に誤りがなければ、30年ほど前に見学した放送局ではモニター用ヘ ッドフォンのケーブル2本それぞれ先に110型プラグが付いていた。 今流行しているヘッドフォンのバランス型と呼ばれる接続方式がかな り昔から存在していたようである。 110型のプラグは古いホールで音声のパッチケーブルとして使われてい たのを見たことがある。本体は真鍮削りだしのプラグでかなり高価なも のである。このコネクタには専用のケーブルがありこれも凝った作りに なっている、ハンダを使わずすべて圧着+ネジ止めど機械的な強度も あり、よくて来た構造をしている。しかし素材が真鍮なのでメンテが 大変な印象を受ける。今の設備に使われているかどうかわからない。 昔のヘッドフォンに付いていた標準プラグと呼ばれているものと形が 似ているが互換性はない。太さが同じなので挿せないことはないが機 能するどうかは疑問である。 古い物が全てよいわけではないが、初期の物は試行錯誤して制作して いるので手作り感や余裕のある構造、材料になっている。 年月が進むにつれだんだん改良、効率化され無駄な贅肉が落とされてき ている。性能も上がっていることは変わらない。不具合もとれているの ですこし後の製品がよいことには変わりない。 長持ちするという観点の設計思想に関しては古い物の法が優れていると 感じることがある。壊れる場所、壊れない場所が決まっていて交換し やすい構造にしたり、そもそも壊れにくい構造になっている。 機能においてもそうである、一件無駄に思える機能が実は別の目的にも 使える場合がありユーザによってはこの機能があるから使い続けている 理由になっている。 今の製品All-in-oneになってきていて、使い手側で工夫のしようがない。 要するに面白くない。 最近の製品の中には修理を前提に設計しておらず、最初から修理を放棄 したような設計になっている物がある。どこの製品とは言わないがなん となく推測はできる。若い人への教育上は修理可能な製品のほうがよい と感じる。物を大切にする心はいつの時代でも大切だと思う。 修理を放棄したような設計というのは使い捨て文化である。 修理せず何でも新品交換という制度は本当のところどうなのか、企業 サービスの怠慢である。 この思想は愛着という感情を捨ててしまっている。 その場限りのもので暮らすというのはジプシーに似ているである。 いろいろ考えてみると単なるノスタルジーではなく本当になんか変な 時代になってきていると感じている。 昔ながらの形やデザインが恋しくなってくるのは歳のせいであろうか。 「本屋」 最近本屋で売っている本を眺めてみるとだんだん値段が上がってきてい ることに気が付く。本を書わない人にはわからないが文庫本の値上がり が激しいと感じる。極端な例では文庫本なのに200ページくらいの本が 1000円を超えていることがある。30年以上前から販売されている本も 価格が上がってきている。あまり売れなくなってきているのか。 出版社による違いもあるようで一概には言えないが、一般的な傾向と しては価格はページ数似比例している。 文庫本の価格を見てみると、講談社、新潮社は意外に低価格、 岩波書店は高価格な印象がある。しかし角川ソフィアはさらに高い。 文庫本は単行本よりは安価なことには変わりないが本の重さで比べると そうでもなさそうである。 文庫本の外観も各社まちまちで紙の色厚みも違う、外観で最も違う もは本の上側である。底面と同様に平らになっている本と不揃いなまま になっている本がある。新潮社、角川は不揃い、講談社は底面と同じに なっている。紙の質もまちまちで、紙の厚さや色もまちまちである。 薄い茶色の紙と厚い青みがかった紙があるが茶色の紙を使った本のほう が高い。見た目はどれもそう変わらないが値段は違う。 本の値段の付け方はよくわからない、シリーズにもよるのか、売れそうな本 はそれなりに安価なのかもしれない。古典と呼ばれる類の本もそれほど 低価格にはなっていない。単にページ数で価格が決まっている印象を受ける。 一八世紀くらいにかかれた本の著作権は?と考えてしまう。版権なのか? USAの著作権法は「ミッキーマウス法」なのか? 謎は尽きない 著作が新しい古いであまり値段が変わらないのが書籍である。 新聞は本日付けしか販売されていない。 一般的にバックナンバーが存在しない定期刊行物である。 (昨日の新聞は価値が無いということであろうか) 書籍は定期刊行物でないのでバックナンバーが存在しない。ただ改版する ようで改版する度価格が上がっている。 一方雑誌の価格は広告があるのでそれなりの価格を維持している。 しかしそれも最近はだんだん価格が上がってきている。 このあたりの本屋では在庫が少なく雑誌はすぐに売り切れる。 東京と違い店頭でバックナンバーを手に入れることは難しい。 大手の通信販売にお客が流れる理由もわからないでもない。 古本屋も減ってきておりここにはあまりよい本がない。 外観が綺麗な本がたくさん並んでいるがそれだけである。 本の価値は辞典を除いては人それぞれなので何ともいえない。 最近中身が気に入っていて数年後も読もうと思うような本にはなかなか 出会えなくなってきている 丸善あたりを探せばあるのかもしれない。出版業界も曲がり角にきているのか。 どうもそんな感じがする。