A君のたわごと ----------------------------------------------------------------------------- この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体名とも関係ない ----------------------------------------------------------------------------- 「世界文化遺産・文化財」  最近ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議) が「富岡製糸場と絹産業遺産群(群馬県)」の世界遺産登録勧告を出したようである。 TVニュースにもなっているので多くの見物人が訪れている。 世界文化遺産というネームバリューが影響しているのであろう。 実は学生時代に同じ県に住んでいたが1度も訪れることはなかった。 このニュースを見て思い出したことがある。 今から12年くらい前、クラブのOB会があり久しぶりに大学を訪れたところ、 学生時代キャンパスにあった「記念館」という建物が平成10年に国登録有形文化財 になってしまっていた。なぜか玄関の戸は閉まっていた。 きちんと管理されている雰囲気であった。  30年前は学園祭で自由に使うことができ、コンサートやダンスパーィに使っていた ことを思い出した。当時は玄関の戸は開放されていてだれでも使えたことを覚えている。 文化財に登録されてしまったのでもう入ることはできないのかと思いきや卒業生だと 言って受付に交渉すると中に入れてくれた。  建物の中に入ると雰囲気や独特な匂いが当時のままであった、ただ柱や壁は きれいに塗装されていて当時より立派に見える。 在学中は開かずの間と呼ばれていた部屋に入れるというのでので興味津々で その部屋を見学した。部屋の中はきれいに整理され資料室のようになっていた。 管理人からあれこれ話をきいてからあらためて内部を見学した。 コンサートでPA機材を置いていた2階の踊り場には機材固定用のガムテープの跡らしき 痕跡を見つけ「これはひょっとしてあの時の・・・」でも言葉には出せなかった。(もう時効かな) 当時はLed Zeppelin、Deep Purple、rolling stonesなんかの演奏をやっていた こんなこができたのはおおらかな時代であった証拠である。 そんなこんなでいろいろな思い出に浸りながら建物を出た。 調べてみると大正時代の洋風建築で、在学中も「文化財級の建物である」という話は 聞いていたが、学生だった当時は皆そんなことは全く気にかけていなかった。 まあ卒業後ほとんど訪れる事はないのであまり関係はないが 文化財に指定されてしまうと気軽に入ることはできなくなってしまい なんだか遠い存在になってまった感じでちょっと寂しく思えた。 PS.2022年追記 その後「映像研には手を出すな」というドラマで使われていたようで 2階の手すりのあの部分もしっかり映っていた。