A君のたわごと ----------------------------------------------------------------------------- この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体名とも関係ない ----------------------------------------------------------------------------- 「考え中 Part4」 当たり前が当たり前でなくなる日 ”当たり前”とは辞書などによると、”論ずるまでもなく自明であること。” ”当然->当前” 「取り前」などと同じく、漁や狩りなどの共同作業では一人当 たりに分配される取り分を「当たり前」と言い、それを受け取るのは当 然の権利であることから、「当然」の意味を持つようになった。 のように諸説あるが”当然”という意味で使っていることが多い 「あたりまえ体操」という歌もあるくらいである。  ありふれていること、今まで当然だと思っていたことがある日 を境にそうではなくなることがある。 これは大きな事小さな事いろいろある。 若い頃はこの状況が永遠に続くと感じていた、大都会にいるとそういう 錯覚に陥ることがある。新しい出来事が次々と起き町中に物があふれて いて「ワクワク感」の連続であった。 しかし、ハードウェアとしてもワクワクするような製品は2010年 あたりから薄れてきているように感じる。これは年をとったせいとは限らない。  町中から魅力的なハードウェアが無くなってきている。 今まであったシステムがある日を境に無くなりつつある。 フィルムの現像システム、テープメディア、MDなどの録音、録画音メディアの供給 が2010年以降急激に衰退している。 ようするにメーカーサポート打ち切りである。 アナログ技術はどんどん無くなりつつある。 ハードウェア以外でも同じようなことが起こっている。 雑誌も休刊が相次ぎ良書であったリチャードスティーブンス本も絶版状態 になっている。 いろいろな分野で「そこに行けば必ず手に入る、見ることができる」という 安心感がなくなってきている。下手すれば店自体が無くなるご時勢である。  当たり前が当たり前でなくった時に人はどうするか? じたばたする、自分で作る、自分を変える、あきらめる、誰かに文句を言ったり 八つ当たりする、いろいろな反応がある。 昔からの格言で「いつまでもあると思うな○○と△△」という言葉 がある。ここ数年の状況を見ているとまさにそのとおりである。 「いつやるの」「今でしょ」という言葉は案外的を得ているのかもしれない。 つづく