A君のたわごと ----------------------------------------------------------------------------- この物語はフィクションであり、実在するいかなる人物、団体名とも関係ない ----------------------------------------------------------------------------- 「家電製品」 ヘッドフォン  秋葉原のProショップで15年前に購入したものをまだ使っている。 20年以上前に発売された製品のようで。最近は通販でも入手可能である。 白い紙箱に入っていて説明書、保証書は入っていない。 まさに業務用という製品でした。  25年以上前に秋葉原でこの製品の元になる民生用のヘッドフォンを 見つけて、欲しいと思ったが値段を見たら25000だったので諦めていた。 そのうち発売中止になり入手しそこねていました。(当時は薄給だった) ふとしたことから、同じようなデザインで業務用として使われているのを 知りました、秋葉原散策中にProショップにおいてあったので購入しました。 買った当時は硬い音でしたが、今ではいい感じの音になってきています。 エージング効果なのか耳が老化したのか不明です。  この製品はTVでよく目にするスタジオモニター用のヘッドフォンで 色々な音が聞こえ、ノイズも歪もよく聞こえます。 長時間の音楽鑑賞には向いていないと言われますがそのとおりです 若い人の耳には少々うるさい音かもしれませんが、きちんとした アンプで聞くと良い音がします。 30年前に録音したカセットテープもそれなりに良い音で聞け、楽器を 人間が演奏している頃の音楽は良い感じでに聞こえます。 ただ、classicや最近の日本の音楽には向いていないかもしれません。 また、携帯音楽プレーヤではあまりうまく鳴りません。 購入して10年近くになるので、イヤーパッドがだいぶくたびれてきています。 修理は有償で、修理窓口が書いてあります。今でも修理可能なことに驚いています。 ホームページから注文して、保守部品を入手して交換しました。 イヤーパッドx2とウレタンリングx2で1500円程度。 今時珍しく部品はMade in japanでした。 部品は白い箱に入っていて「repair parts]と書かれているだけでした。 交換にはちょっとコツがいりますが無事交換でき、見た目が新品になりました。 音もすこし変わりました。 「電気製品の修理事情」  かつてはメーカーのサービスステーションが各県にあり、持ち込めば かなり安価に修理を行うことができた。技術力もありきちんと直っている。 部品を注文することができ、VTRのリモコンなども取り寄せてもらいいました。 街の電気屋さんでもそれなりの価格で修理できていた。 最近は街の電気屋さんやメーカのサービスステーションが無くなっていて、 修理を行うのに家電量販店に行かなければならなくなってきている。  メーカーとしてもサービス網を維持する費用が負担になっているようで サービスステーションの統廃合が進んでいる。おそらく四国内には残っていな いのではないかと思える。 量販店の修理も実際は受付だけ行い物を広島、大阪に送ってで修理する形態 になっている。修理可能な製品が少なくなっていることも原因であるが、 それだけではないようである。 地方都市での修理事情はかなり悪く費用も高い。 本来の修理費用+αで利益を得ているのではないかと思ってしまう。 電源ケーブル交換で2週間以上かかり、5000円の修理代! 別の製品では1回の修理では直らず3回くらい修理に出すことがあった。 (再現しないというのが理由であった)結局予防保守ということで基盤交換 になりました。1ヶ月くらいかかった。 家電の修理もそれなりのノウハウが必要であるがそのノウハウも無くなっている。 製品がブラックボックス化しているので大きな部分の交換くらいしか修理方法 が無く。修理に関する価格が非常に高く新しい製品が買えるほどの価格の場合が多い。 「エンジニア」ではなく「チェンジニア」である。ようするに片っ端から部品を交換 して修理する人たちである。 こうなったのは海外生産で価格が下がっていることも原因のひとつと考えられる。 修理に関するビジネスはすでに破綻しているのかもしれない。 それにより中途半端な品質の製品が増え、安かろう悪かろうという世界に戻 りつつある。 リーマンショック以来いろいろな意味で社会システムが退化しているよう に思える。タイの洪水も大きく影響していて、家電業界もかなりの被害が あり、一時商品が品薄になったことがある。 エコロジーに取り組んでいますと宣伝しているようであるが、 世間が叫んでいるエコな社会とは程遠くなりつつある。 「良いものを長く使う」というのは時代遅れなのかもしれない。 ちょっと寂しい気持ちになっている。 つづく